石波義人の俳優日誌

ブルガリア紀行Ⅷ

2月28日

今日はスタッフはブルガスのアドリアナ・ブデフスカ劇場で仕込み、俳優部はソフィアのときと同じで楽屋には入れたが稽古などはまったく出来なかった。
                 アドリアナ・ブデフスカ劇場   
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                     楽屋
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                     ロビー
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                    エントランス
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『ゴンザーゴ殺し』のポスターが貼ってあったが、なぜか西本さんと私の名前が抜け落ちていました。西本さんは不満顔です。
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           ここの俳優やスタッフが利用する売店
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ここで頼んだトルココーヒーが10ストチンキ(7円)だったのにはびっくりしました。


ということで、夕方まで仕方なく黒海や教会を観光しました。
                     黒海をバックに
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                       黒海
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                キリル・メトディー教会
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教会に面した中学校。壁にあるレリーフはブルガリア語の文字、キリル文字を作ったキリルとメトディオスを模しています。
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明日から3月3日の解放記念日に向けてのお祭りが始まるとあって、広場ではさまざまな種類のマルテニッツァ(春を告げる縁起物で紅白の紐)が売られていました。
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                ブルガスはこんな町です
                黒海に面した公園                      
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                メインストリート   
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                その通り沿いのレストラン
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夕方からヨルダノフさんと奥様のイバナさんが我々をお宅に招いてくれました。そしてブルガスでやった彼の演出の舞台を一部ビデオで見せてくれました。イバナさんはそのときエリザベスの役を演じていましたが、芝居の後半、チャールズに「あんたは20年前、金銀財宝は約束できないが、全世界をお前にやるって言ったじゃないか」と詰め寄るところでチャールズをしたたか蹴りつけながらせりふを言っていました。その切ない動きを見て私は思わず涙をこぼしてしまいました。イバナさんはすばらしい女優です。
この後ヨルダノフさんの舞台生活40年を祝うコンサートで彼女は歌も披露していましたが、これにも私は感動しました。
                  ヨルダノフとイバナのブロマイド
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            ブルガスでやったときの衣装のデザイン画だそうです
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                  お宅の前で記念撮影
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# by scrooge9902 | 2005-04-08 01:00 | ゴンザーゴ殺し

4月6日

マシュボーン振り付け・演出の『白鳥の湖』を観てきました。

よく訓練された踊り手たちが演じているので見ごたえがありましたが、残念ながら感動するまでには至りませんでした。
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# by scrooge9902 | 2005-04-08 00:08 | 日誌

4月4日

久々に社員教育用ビデオに出演しました。
三井生命の研修用ビデオです。

中小企業の社長さんの役で、ナレーションも担当しました。
したがって『ゴンザーゴ殺し』のために伸ばしていたひげも4ヶ月ぶりに剃ってしまいました。
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# by scrooge9902 | 2005-04-07 23:58 | 吹き替え、CM、VPなど

ブルガリア紀行Ⅶ

2月27日

今日はヨルダノフさんの生まれ故郷、黒海沿岸のブルガスという街まで6時間のバスの旅だ。
どうせ移動だけなので、私がかねて目をつけていたプロヴディフという街で昼飯にして欲しいと荒川に頼んで、そのついでに少しばかり観光させてもらったのがまた大当たりだった。

この街は紀元前19世紀にはすでにトラキア人の集落が作られていたらしいし、紀元前4世紀にはマケドニアの主要都市のひとつとなっていた。
想像できます、紀元前19世紀ってそんな昔を?

というわけでいくつか街並みを
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                 民族博物館
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            ストリートミュージシャンのおじいさん
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                ローマの円形劇場跡
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ちょうどドアも3つあるし、次はここで『ゴンザーゴ殺し』をやろうなんて我々はうそぶいていたのだが、この町出身の通訳ナタリアさんの話だと、3000人収容できるこの円形劇場は彼女が子供だった頃にはまだ発見されてなく、20年ぐらい前に団地を作ろうとして土を掘ったらこの劇場が出てきたそうです。この歴史のある国にはまだまだ発掘されていない遺跡がごろごろしてるということか?
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# by scrooge9902 | 2005-04-01 02:43 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅵ

2月26日

今日は10時半から菊地、大笹、中本の各氏はブルガリア・日本演劇人シンポジウムがあり、13時から菊地、中本、内田、小沢の各氏はブルガリア文化省主催のレセプションがあったが、私は今日は夕方5時の楽屋入りまで何もないので、国立歴史博物館に行ってきました。

         古代トラキアの繁栄を偲ばせる金銀の工芸品です
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今日の公演は福井日本大使御一行が観劇しました。
今日もカーテンコールはスタンディング・オベイションで、大使たちも大変喜んでくれました。

ソフィア最後の芝居が跳ねて、荷造りを済ませホテルに戻ると11時を過ぎており、ホテルのレストランは閉まっていた。菊地と私は腹をすかせた20数人のためにl小雨降る中どこか物を食べさせてくれるところを探しに行った。

たまたま見つけた近くのレストランは12時までということだっので、菊地がみんなを呼びに行き私は残って適当に飲み物食べ物を注文しておいた。が、これが大当たりだった。食べ物はおいしいし、日本にも5回演奏旅行に行っているという民俗音楽の楽士たちの演奏も聞けた。
みんな大喜びで、少し遅れて駆けつけたスタッフたちは2時ごろまでおいしいラキア(ぶどうやスモモから作ったブルガリアの焼酎)を飲んで楽しんだそうだ。
それが今回のツアーで最も高価な食事だったが、それでも20レヴァ(1400円ぐらい)だ。
あまりけちけちとお金を使わなくてすむと言うのは、うれしい。

              ピンボケですが民俗音楽の演奏者たち
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# by scrooge9902 | 2005-04-01 00:01 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅴ(続き)

今までのようなペースで投稿してるとなかなか最後までたどり着かないので、簡単に絵入りで載せることにしました。

2月25日(続き)

夜7時、イワン・バゾフ国立劇場で『ゴンザーゴ殺し』ブルガリア公演の幕が開きました。
幕開きで、外れている台上の板をはめてからせりふを始める段取りなのですが、スタッフがセットの仕方を間違えたために板が入らず、台上の床が不安定なまま1幕はやってしまうというちよっとしたハプニングはありましたが、芝居のほうは快調で1幕は今までやったどの公演より笑いがありました。
逆に2幕の拷問の場面からはシーンと息を呑む感じで舞台の進行を見つめているという感じでした。そしてカーテンコールは5回やるヴァージョンでやりましたが、最初からスタンディングの拍手で迎えてくれました。大きな花かごを3つも舞台に出してくれました。
私は演出の菊地と作者のヨルダノフを舞台に呼び上げました。

私たちの公演は大成功だったようです。

10時に始まったブルガリア人との稽古をワン・ステージ目とすると、2時からの舞台稽古がツー・ステージ目、そして7時からの本番がスリー・ステージ目に当たります。しかし今日はフォー・ステージ目がありました。日本からこのブルガリア公演を観に来てくださった観劇ツアーの皆さんとの交流会です。

しかしこのステージは前の3回のステージと違い、疲れはしませんでしたが。
近くのレストランで行われたこのパーティはヨルダノフさん、奥様で女優のイバナさん、セルベゾフ前日本大使、翻訳の中本さん、評論家の大笹さん、ブルガリアのセットデザイナーと出演者、菊地、荒川そして観劇ツアー参加の皆さんと我々出演者とスタッフという、大人数の交流会となり、12時過ぎまでとても盛り上がりました。

              ヨルダノフさんと米倉、吉田の二人
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# by scrooge9902 | 2005-03-31 13:00 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅴ

2月25日 初日

さあ初日だ。
早々と朝食を済ませ、8時半には役者、スタッフ一緒にバスに乗り込み、劇場に向かう。
9時に楽屋入りしてウォームアップを入念にした。

10時からクローディアス、ガートルード、ハムレットをやってくれるブルガリアの俳優たちとわれわれ日本側の俳優との芝居を合わせる稽古だったが、やってきたのは劇場の小道具係や衣装係だった。それはそうだ、せりふをしゃべらずに脚だけの動きを演じるなんて、誇り高いこの国の俳優たちの仕事ではないのだろう。

しかし足とはいえ動いてくれないと困るので、演出の菊地は彼らに説明し、通訳がそれを伝え、そして我々の動きと連動して何度か稽古をするというやり方で、10分ほどのシーンを1時まで3時間も練習した。我々はこれですっかり疲れてしまった。

が、楽屋入り口のそばの売店で買ったぼそぼそのまずいサンドィッチをほおばって一休みしたらもう舞台稽古の時間だ。

2時から予定通り舞台稽古は始まったが、二階の回廊の部分は日本でやったときとは違って、上から吊り下げる構造で作られているので歩くたびにぎしぎし音がする。しかもつり橋のように揺れるのだ。また拷問のシーンで使われる奥の3つの扉と中央の台との距離が東京公演より1メートル以上長かったので、ここを何度も出入りするプロンプ役の坂本と私はとてもしんどかった。この立派な劇場に合わせてまた少し派手目にしたカーテンコールの練習をして5時半には終了した。

またもやまずいサンドリッチを少し食べたが食欲あまりなく、楽屋の床に20分ほど寝転んで体を休めた。

        私はこの劇場のこの舞台でやるのかと昨日は感無量でした                    
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                        (続く)
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# by scrooge9902 | 2005-03-29 03:06 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅳ(続き)

2月24日の続き

(今4時間かけて書き上げたばかりの文章を誤って消してしまいました。トホホ・・・。)
(気を取り直して・・・)

1時ごろになって40歳以上の役者たちが楽屋入りし、荷物を解いて化粧前の支度だけはしましたが、舞台は仕込みの最中で使用できず、また読みあわせぐらいはしたいと思っても今度は仕込みを手伝っている若手俳優4人(?)が参加できないのでそれも叶わず、結局長老組はぶらぶらと観光をしながらホテルに帰るしかありませんでした。

帰る途中オペラハウスの前に5メートルほどの高さの立派な男性の銅像が立っていましたが、水野君はその銅像が私に似ているといって大はしゃぎでした。顔の大きさといい、お腹の出具合といい、足の短さまでそっくりで、私はまさしくブルガリア人の典型的な体型だというのです。
水野君が余りにうれしそうなので、この銅像の隣りで同じポーズをして写真を撮って彼にプレゼントしようと思っていましたが、そこで撮り損ねたために帰るまでとうとうそのチャンスが訪れませんでした。残念なことをしました。

それにしても明日はブルガリア公演の初日です。19日に東京で最後の稽古をしたきり、読みあわせすらやっていないのです。おそらく今夜はみんな早めにホテルに戻ってひそかに台本をひろげることでしょう。

で、私はといえば、かつて昴の女優で今はミラノでテレフォンセンターを経営するご主人と優雅に暮らしている山口真澄美さんが夜の12時ごろホテルに着くというので、台本を読みながらロビーで待っておりました。実は私が真澄美さんに私たちのブルガリア公演のことを知らせたところ、彼女は演出の菊地や制作の荒川、それに内田さんや小沢さんや水野にも会いたいからといってわざわざミラノから公演を観に来てくれたのでした。

ところが予定より少し遅れて現れた彼女は私との挨拶もそこそこに、フロントと言い合いを始めました。彼女はインターネットでここプリンセス・ソフィアホテルの予約をしていましたが、それによるとタクシーが空港まで迎えに来ることになっていたのです。が、ホテル側はそんな予約は入っていないと突っぱねます。でも彼女も負けていません。ミラノを発つ前に、何か不穏なものを感じたのでしょう、予約を受け付けた旨書かれた部分をプリントアウトして持ってきていたのです。それを示しながら10分ほどフロントとやりあっておりました。

結局、その夜は空いてる別の部屋に泊まり、明日支配人と話をすることになりましたが、後日どうなったか彼女に聞いたら、そんなことはめったにないことだそうですが、ホテル側が非を認め15パーセントの値引きをしたそうです。彼女の話によると旧共産圏ではそんなことがしょっちゅう起こるらしい。
それにしても堂々と英語でフロントと渡り合っていた彼女はもう昔の彼女ではなく、立派なイタリアの大人の女性で、私はすっかり感心してしまいました。

彼女にミラノからのお土産をいくつか頂戴し、明日に備えて早々に休みました。
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# by scrooge9902 | 2005-03-28 15:58 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅳ

2月24日

昨日はあまり眠れなかったが、今日菊地と私はブルガリア国営テレビに生出演する予定だったので、7時に起きて支度をした。
インタビューをするのは背が高くてほっそりとした美人キャスター、通訳をするのは芝居の同時通訳もやってくれたエリザベス、9時から15分ほどのコーナーで私と菊地が質問に答えるという段取りだ。

私は何はともあれ、「ブルガリアの皆さん、おはようございます。私の名前は石波です」とこれだけはブルガリア語で言おうと思って会見に臨んだが、寝不足とスタジオの暑さに負けたか、自分の紹介はブルガリア語で言えずじまいだった。悔しい。

菊地がほとんど話していたと思うが、このときのことはボーとしていて全く記憶にない。


テレビ出演後は荒川と菊地と三人でコーヒーを飲んだが、今度は11時から劇場で作者のヨルダノフさんを交えて記者会見の予定だ。
ところが11時過ぎてもヨルダノフさんが現れない。すると荒川のところに連絡が入った。彼はガブロヴォという町で今日別の芝居の幕を開けるらしいが、その街から会見場に来る途中、スピード違反でつかまったのだと。

結局遅れて会見は始まったのだが、この作家はなんだか面白い人だなと私は思った。ひっきりなしに携帯電話で連絡をしているし、いつもせかせかしている感じだ。とても忙しいのだろうけれども。

会見が終わってから、劇場の客席とロビーを廻ってみたが、さすが国立劇場すべてが立派でした。
     2階のロビーにはかつての名優たちの写真が飾ってありました
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             作家や演出家の肖像画もありました
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        3階にはダンスホールのような広い部屋もありました
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                劇場のエントランスです
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               クロークもとても広いのです
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                劇場の中も立派でした 
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                       (続く)
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# by scrooge9902 | 2005-03-27 01:25 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅲ

2月23日

朝起きてみたら驚いた。窓の左手にもう60年は経っていると思われる高層アパートが見える。共産主義時代の名残のように感じられた。
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朝食のバイキングに行くとさすが農業国、チーズ、果物、野菜、ソーセージ、卵など食べるものはふんだんにあった。もちろんヨーグルトも。

西本さんたち荷物が届かなかった人たちは皆で身の回りのものを買いに行くらしい。かわいそうに。
スタッフは劇場で打ち合わせがあるらしいが、俳優部は7時からの日本大使館主催のレセプションまで何も予定がないので、私はプロンプター役の坂本岳大と市内を観光することにした。
時差ぼけを直すという意味もあってこういう日程なのだろうが、それをいいことに私と岳大は10時半から6時まで歩きに歩いて市内の見るべきものは大方見てしまった。
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                      旧共産党本部
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                    アレクサンダル・ネフスキー寺院
ブルガリア独立のきっかけとなった露土戦争(1396年から約500年の間ブルガリアはオスマン朝トルコに支配されていた)で戦死した20万のロシア人兵士を慰霊する目的で、40年の歳月をかけ建立された。金色のドームは高さ60メートル。5000人を収容できる。
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              我々が明後日使用するイワン・ヴァゾフ国立劇場
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        劇場の上手側に『ゴンザ』の写真入ポスターが貼ってありました

このほか聖ゲオルゲ教会、聖ソフィア教会、聖ニコライ・ロシア教会、解放者記念像、ツムデパートなど精力的に観て回りました。(続く)

7時からは出演者とスタッフ全員が日本大使館に招待されました。
駐ブルガリア日本大使の福井さんは民間の会社から大使になられた大変気さくな方で、プロのピアニストでもある奥様とともに我々を歓待してくれました。お寿司やカレーや焼きそばなどの日本大使館ならではの料理の数々と、ラキアというぶどうまたはスモモなどから作るブルガリアの焼酎を始め各種のお酒で。

宴もたけなわになった頃、大使夫人がショパンとドビッシーを演奏してくれ、大使秘書のブルガリア人女性が五木の子守唄を歌ってくれました。彼女は若かりし頃ソフィア少年少女合唱団の一員として日本に行ったことがあるそうです。見事なソプラノでした。

今度はお招きを受けた側で何かやらなければならない雰囲気になり、演出の菊地に菊地作のミュージカルの曲を何か歌えと促されましたが、歌詞が完全には思い出せないのでそれはやらず、結局思い余って30数年ぶりに若山牧水の和歌を詩吟でやりました。

しかし大使は若い女優たちに何か歌って欲しかったのでしょう、何度も所望しておりましたが、彼女たちが何もやろうとしないので自らルイジアナママなど口ずみながらさらに強く懇願しました。大使のお願いと女優たちのいやいやが5,6回は繰り返されて、この宴はどう幕を引いたらいいのだろうと心配になってきた頃、制作の荒川が自分の歌を最後にお開きにしましょうと宣言して「上を向いて歩こう」を熱唱しました。

こうして大使館を後にしましたが、その後ホテルの菊地の部屋で5,6人でワインを飲んでいるとき、「石波さんは散々私のミュージカルをやっているのにどうして私の曲が歌えないの?私はとてもさびしい」と嘆かれてしまいました。
確かにそれはそうなのですが、何の準備もなしにいきなりというのはなかなか難しいのです。したたか酔っているなら歌詞が途中で出てこなくても平気かもしれませんが、中途半端な歌なら歌わないほうがいいと思ってしまいます、俳優だからこそなおのこと。

次に同じような機会が訪れたなら、そのときはきっと歌うから、許してね、准ちゃん。
2時ごろ解散、就寝。

                    大使館の料理の数々
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# by scrooge9902 | 2005-03-25 11:17 | ゴンザーゴ殺し



俳優イシナミヨシトの近況がわかります
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