石波義人の俳優日誌

カテゴリ:ゴンザーゴ殺し( 30 )

ブルガリア紀行おまけ

3月4日

我々はブルガリアでの仕事をすべて終え、朝6時半ごろホテルを出発した。
また18時間もかかる長旅だ。この移動時間をもっと短縮できたらブルガリアに観光する日本人はもっと増えるだろう。

3月5日

日本時間で5日の朝10時半ごろ成田に着いた。
解散式をやって新百合ヶ丘行きのリムジンに飛び乗るとスキー仲間からメールが届いていた。
今日午後田代にスキーに行きませんかと。

行きたいのは山々だったけれど、家にたどり着いたら疲れがどっと出て3時間ほどぐっすり寝てしまいました。でも、翌日は4時起床で田代に向かい、ブルガリアに引き続き田代でもしっかりとスキーを楽しんだのでした。
                    田代の林間コース
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                   スキー仲間の向山さんと
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by scrooge9902 | 2005-04-19 14:43 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅹ ブルガリアでスキー

3月3日 

ブルガスからソフィアに戻った我々は、この日一日だけは全くの休日でした。
こちらでの仕事がすべて終わってからの休日というのはまた格別で、皆それぞれ計画を立てていたようです。街に残った人もいましたが、多くはバスをチャーターして「リラの僧院」へ行きました。

私と坂本岳大はというと、前日雪が降っている中で明日晴れたらスキーに行こうと話しておりました。当日朝起きてみるとすばらしいお天気ではありませんか!これは行かない手はないと二人していそいそとタクシーで20分の距離のアレコスキー場へ向かったのでした。

   (以下は日本ブルガリア協会で頼まれた原稿を少し手直しして掲載しています)
我々の唯一の休日というのは3月3日の解放記念日で、ブルガリア国民の休日でもありました。一行の多くはリラの僧院に観光に行きましたが、私と後輩の坂本岳大は日本のスキー仲間が開いてくれた壮行会の席で、ブルガリアでスキーをした日本人なんてほとんどいないはずだから是非とも体験してくるべきだとあおられていたこともあり、また私自身は日本での旅公演からブルガリア公演に出発するまでの間に予定していたスキーの楽しみを万一のことがあってはと断念せざるをえなかった経緯もあり、できればなんとしても行きたいと思っておりました。

その一週間ほど前に、スボゲという小さな町で日本語を教えている林田さんという方に出会って、プリンセス・ソフィアホテルからタクシーで20分ぐらいのところにアレコというスキー場があり20レヴァも出せば行ってくれるという話を聞いていたので、スキーの支度は何も用意していませんでしたがその日の空の青さに惹かれて行ってみることにしました。

で、ホテルでタクシーを頼もうとすると大柄の運転手がやってきて、スキーを1、2時間やるのならまた迎えに行くから50レヴァでどうかと持ちかけてきました。私たちは面白ければ2時間や3時間ではすまないだろうし、片道だけでいいと返事をしました。すると35レヴァだというのです。私はアレコまでは20レヴァぐらいだと聞いているからそれは高すぎるというと、自分は帰り道でお客を拾えないのだからから決して高くないと言い張ります。まあ35レヴァといえば日本円で2500円ぐらいの金額だから乗ってもいいようなものですが、日本人だからと甘く見て吹っかけているように思いましたので、今後ブルガリアを訪れる日本人のためにもそれにのってはいけないと思い、その申し出を毅然と断って別の流しのタクシーを拾いました。

 私たちが捕まえたタクシーの運転手はゲレンデまで行きたいというと分かったといって走ってくれました。この運転手は好青年らしく、途中信号待ちをしているときに窓拭き用の布を持って近寄って来た子供にチョコレートか何かを渡しておりました。私たちは悪徳運転手を退けてこのタクシーを捕まえてラッキーだったと喜び合いました。

 そうして15分ほどたち車はヴィトシャ山への雪の道を登り始めましたが、彼の車はスノータイヤを履いてなかったために途中でスリップし始めたのです。我々は車を降りて押してみたりしましたが、どうにも動きません。仕方なくタクシーをあきらめて私たちはまだ5キロ近くある山道を歩くことにしました。メーターはまだ7レヴァぐらいでしたが10レヴァ(700円)を渡してやると好青年は本当に申し訳ないといいながら今来た道を引き返していきました。我々としてもせっかくスキーに来たのにゲレンデも見ないで帰るわけにはいきませんし、また雲ひとつない好天気でしたから人家の全くない雪道を歩くのも悪くないと思ったのでした。それに山頂まではバスが通っていることを案内書で調べてありましたから、バスが通ったら乗せてもらえばいいし運良くヒッチハイクができればそれでもいいしと気を大きく持って二人は歩き始めたのでした。
       天は我々を見放した!と映画『八甲田山』の雪中行軍を真似る坂本
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       最悪の場合はゲレンデだけでも見て帰ろうと腹をくくる私
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 私もまさか56歳にもなってヒッチハイクをやろうとは夢にも思いませんでしたが歩き出して20分、二人分の席が空いてる車10台ぐらいに無視され、いよいよこれは山頂まで2時間のハイキングをしてゲレンデを見ただけで帰る羽目になるかもしれないなとあきらめかけたとき、一台の車が止まってくれました。彼は私と同じようなひげを蓄えた40半ばの建築家でしたが、今日の上天気に誘われてスキーに行く途中でした。ゲレンデまで乗せてくれないかと頼むと訳も聞かずに乗せてくれました。

 乗せてもらった礼を言い、どうしてこうなったかを一通りたどたどしい英語で説明し終わったとき、坂本がネジャルコ・ヨルダノフを知っているかと尋ねました。我々は日本の俳優でヨルダノフの作品をソフィアとブルガスでやってきたのだと話すと、彼はヨルダノフはもちろん知っているし、日本人の公演があることもニュースで知っていたそうです、残念ながら観てはいませんでしたが。しかしこの話題をきっかけに我々は打ち解けて、彼はロープウェイで下山する方法とか、スキー道具を貸してくれる場所とかをとても親切に教えてくれました。
ヨルダノフ,万歳!
 

こうして坂本と私はぬけるような青い空の下、防護柵など全然なく、山頂付近では大きな岩や背の高い草がむき出しになっている野性味あふれるヴィトシャ山でのブルガリアンスキーを日が暮れるまでたっぷりと楽しんだのでした。
                頂上付近のやたら広いゲレンデ
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                       坂本と私
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国民的休日でしかも上天気だったせいでゲレンデはとても人が多かったし、見たところ二人乗りのリフトがひとつと、股の間に直径20センチほどのアルミの円盤をはさむタイプのロープトゥが3本しかありませんでしたが、それにいちいちお金を払ってリフトを使用しなければならないのが少しだけ面倒でしたが、そんなことは問題じゃありません。公演をすべて終え、もう足を折ろうが怪我をしようが構いやしないと思える解放された気分の中で、ブルガリアでスキーを体験した数少ない日本人になれたことが最高にうれしかったのですから。
            滑り出しのときかなり衝撃があるロープトゥ      
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昼食のとき、屋外のテーブルでケバブとポテトとを摘まみながら二人はビールで乾杯しましたが,心の底からスキーに来てよかったと思ったことでした。
                       屋外の売店
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          ケバブを前にブルガリアでスキーが出来たことを喜ぶ私     
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                     レンタルスキー
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                      ゲレンデ
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                   スキーを満喫した二人
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これからブルガリアでスキーをされる方のために各種料金をお知らせします。

レンタルスキー一式  20レヴァ(1400円)
 (ただしこれはカービングなど新しいスキーを借りる料金で、古いのでよければ10レヴァで貸すところが別にあるそうです) 

リフト代          一回2レヴァ(140円)
              リフトごとに8レヴァの一日券もある

昼食代          二人で10レヴァ
              ビール2本、ケバブ二つ、4種類のソース、フライドポテト1つ

手荷物預かり      二人で5レヴァぐらい

トイレ使用料金     50ストチンキ(35円)

グローブと耳宛て   二つを11レヴァで購入したと思う

帰りのゴンドラ     一人3レヴァ
 (帰りにわかったことだが、このゴンドラは我々がタクシーを乗り捨てたところよりずいぶん下に終着駅がありました)

結局、スキーをされる人にはブルガリアはよいところです。ソフィアから30分ぐらいでゲレンデに行けるし、リフトもレンタルも料金は安いし、雪質もよいのですから。
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by scrooge9902 | 2005-04-19 14:02 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅸ

3月1日 ブルガス公演

この日もソフィアのときと同様朝9時には楽屋に入って準備をした。

例によって、10時から王と王妃とハムレットの脚の動きをやってくれるブルガリアの俳優とのきっかけ合わせの稽古だ。今回も演じたのは劇場の衣装係や小道具係らしいが、ハムレットの足をやってくれる人が見つからなかったのだ。結局舞台監督助手という立場でスタッフの仕事をしていた黒木さんがスタッフの仕事をしながらハムレットをやってくれることになった。

内容を把握している黒木さんがやってくれたお陰で、われわれ日本側の俳優は小1時間の稽古で解放されたのはうれしかった。本番のとき王役の彼が左足で拍子を取っていたり、王妃の役も男性が演じていたりで、彼らの反応を見て自分の演技を組み立てていた私は至極やりにくかったが・・・。

2時から舞台稽古。ソフィアとは逆で、今度は舞台が東京のときより狭いし、二階の回廊の部分は歩くときしむ音がうるさかったり、また走り込みがなくアマリアを抱き上げたまま階段を4,5段下りなければならなかったり、条件としては最悪に近い。

それでもヨルダノフさんの生まれ故郷なのだし、彼のために頑張ろうと思って7時からの本番に臨んだのだが、開幕早々出鼻をくじかれた。
芝居中、前から3列目の真ん中へんからフラッシュをたいて写真を撮られたのだ。

前日ヨルダノフさんからこちらでは俳優は尊敬されているという話を聞いていただけに、私はとてもがっかりしまた腹を立ててしまった。我々日本から来た俳優は単なる見世物としか思われていないのかと。ブルガリアではこんな観劇態度が許されるのかと。

こんなことがあったからか、芝居の出来はかんばしくなかったが、芝居の後の打ち上げの席で翻訳者の中本さんからこのような話を聞いた。

日本の政府開発援助でここブルガスの港を作っており、それに従事するG建設の日本人が5人この町に住んでいるらしい。その一行が我々の芝居を見に来ており前から3列目のあたりに座っていたと。

なんということだ!そうだとしたら我々の公演はほかならぬ同じ日本人によって足を引っ張られたということになる。日本では芝居など観たこともなく観劇マナーも知らなかったのだろうが、情けなく、悲しい話だ。最低限のマナー、訪問国の歴史に対する最低限の知識は必要なんじゃないだろうか?

それはともかくカーテンコールはプロデューサーの荒川、翻訳の中本さん、そしてヨルダノフさんを舞台に呼び上げた。ヨルダノフさんがこちらでチャールズを演じた俳優とベンヴォーリオを演じた俳優をよんでくれ、われわれは舞台上で握手したり抱擁したりした。

ヨルダノフは5分近くも舞台でしゃべり続けた。
自分は17年前に(つまりソ連の衛星国で共産主義体制だった頃に)この芝居を書き上演したが今はすっかり忘れていた。ところが我々昴がやったのを観てまた再びやってみたくなったと。
これはこの作品が再演に耐えうるような普遍性を持っているということだろう。


3月2日 ソフィアへのバス移動

この日は朝から雪が降っていたが、ヨルダノフはわれわれを見送るためにホテルまで来てくれた。そして日本から来た我々全員に彼の著書をプレゼントしてくれた。
タイトルは『舞台はわが家』というのだそうだ。彼の詩や、ハムレットに関して9年間も考察した内容が書かれているらしいが、キリル文字がまったくわからなくて残念だ。
             ネジャルコ・ヨルダノフ作 『舞台はわが家』
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by scrooge9902 | 2005-04-19 02:06 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅷ

2月28日

今日はスタッフはブルガスのアドリアナ・ブデフスカ劇場で仕込み、俳優部はソフィアのときと同じで楽屋には入れたが稽古などはまったく出来なかった。
                 アドリアナ・ブデフスカ劇場   
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                     楽屋
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                     ロビー
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                    エントランス
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『ゴンザーゴ殺し』のポスターが貼ってあったが、なぜか西本さんと私の名前が抜け落ちていました。西本さんは不満顔です。
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           ここの俳優やスタッフが利用する売店
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ここで頼んだトルココーヒーが10ストチンキ(7円)だったのにはびっくりしました。


ということで、夕方まで仕方なく黒海や教会を観光しました。
                     黒海をバックに
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                       黒海
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                キリル・メトディー教会
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教会に面した中学校。壁にあるレリーフはブルガリア語の文字、キリル文字を作ったキリルとメトディオスを模しています。
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明日から3月3日の解放記念日に向けてのお祭りが始まるとあって、広場ではさまざまな種類のマルテニッツァ(春を告げる縁起物で紅白の紐)が売られていました。
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                ブルガスはこんな町です
                黒海に面した公園                      
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                メインストリート   
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                その通り沿いのレストラン
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夕方からヨルダノフさんと奥様のイバナさんが我々をお宅に招いてくれました。そしてブルガスでやった彼の演出の舞台を一部ビデオで見せてくれました。イバナさんはそのときエリザベスの役を演じていましたが、芝居の後半、チャールズに「あんたは20年前、金銀財宝は約束できないが、全世界をお前にやるって言ったじゃないか」と詰め寄るところでチャールズをしたたか蹴りつけながらせりふを言っていました。その切ない動きを見て私は思わず涙をこぼしてしまいました。イバナさんはすばらしい女優です。
この後ヨルダノフさんの舞台生活40年を祝うコンサートで彼女は歌も披露していましたが、これにも私は感動しました。
                  ヨルダノフとイバナのブロマイド
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            ブルガスでやったときの衣装のデザイン画だそうです
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                  お宅の前で記念撮影
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by scrooge9902 | 2005-04-08 01:00 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅶ

2月27日

今日はヨルダノフさんの生まれ故郷、黒海沿岸のブルガスという街まで6時間のバスの旅だ。
どうせ移動だけなので、私がかねて目をつけていたプロヴディフという街で昼飯にして欲しいと荒川に頼んで、そのついでに少しばかり観光させてもらったのがまた大当たりだった。

この街は紀元前19世紀にはすでにトラキア人の集落が作られていたらしいし、紀元前4世紀にはマケドニアの主要都市のひとつとなっていた。
想像できます、紀元前19世紀ってそんな昔を?

というわけでいくつか街並みを
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                 民族博物館
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            ストリートミュージシャンのおじいさん
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                ローマの円形劇場跡
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ちょうどドアも3つあるし、次はここで『ゴンザーゴ殺し』をやろうなんて我々はうそぶいていたのだが、この町出身の通訳ナタリアさんの話だと、3000人収容できるこの円形劇場は彼女が子供だった頃にはまだ発見されてなく、20年ぐらい前に団地を作ろうとして土を掘ったらこの劇場が出てきたそうです。この歴史のある国にはまだまだ発掘されていない遺跡がごろごろしてるということか?
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by scrooge9902 | 2005-04-01 02:43 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅵ

2月26日

今日は10時半から菊地、大笹、中本の各氏はブルガリア・日本演劇人シンポジウムがあり、13時から菊地、中本、内田、小沢の各氏はブルガリア文化省主催のレセプションがあったが、私は今日は夕方5時の楽屋入りまで何もないので、国立歴史博物館に行ってきました。

         古代トラキアの繁栄を偲ばせる金銀の工芸品です
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今日の公演は福井日本大使御一行が観劇しました。
今日もカーテンコールはスタンディング・オベイションで、大使たちも大変喜んでくれました。

ソフィア最後の芝居が跳ねて、荷造りを済ませホテルに戻ると11時を過ぎており、ホテルのレストランは閉まっていた。菊地と私は腹をすかせた20数人のためにl小雨降る中どこか物を食べさせてくれるところを探しに行った。

たまたま見つけた近くのレストランは12時までということだっので、菊地がみんなを呼びに行き私は残って適当に飲み物食べ物を注文しておいた。が、これが大当たりだった。食べ物はおいしいし、日本にも5回演奏旅行に行っているという民俗音楽の楽士たちの演奏も聞けた。
みんな大喜びで、少し遅れて駆けつけたスタッフたちは2時ごろまでおいしいラキア(ぶどうやスモモから作ったブルガリアの焼酎)を飲んで楽しんだそうだ。
それが今回のツアーで最も高価な食事だったが、それでも20レヴァ(1400円ぐらい)だ。
あまりけちけちとお金を使わなくてすむと言うのは、うれしい。

              ピンボケですが民俗音楽の演奏者たち
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by scrooge9902 | 2005-04-01 00:01 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅴ(続き)

今までのようなペースで投稿してるとなかなか最後までたどり着かないので、簡単に絵入りで載せることにしました。

2月25日(続き)

夜7時、イワン・バゾフ国立劇場で『ゴンザーゴ殺し』ブルガリア公演の幕が開きました。
幕開きで、外れている台上の板をはめてからせりふを始める段取りなのですが、スタッフがセットの仕方を間違えたために板が入らず、台上の床が不安定なまま1幕はやってしまうというちよっとしたハプニングはありましたが、芝居のほうは快調で1幕は今までやったどの公演より笑いがありました。
逆に2幕の拷問の場面からはシーンと息を呑む感じで舞台の進行を見つめているという感じでした。そしてカーテンコールは5回やるヴァージョンでやりましたが、最初からスタンディングの拍手で迎えてくれました。大きな花かごを3つも舞台に出してくれました。
私は演出の菊地と作者のヨルダノフを舞台に呼び上げました。

私たちの公演は大成功だったようです。

10時に始まったブルガリア人との稽古をワン・ステージ目とすると、2時からの舞台稽古がツー・ステージ目、そして7時からの本番がスリー・ステージ目に当たります。しかし今日はフォー・ステージ目がありました。日本からこのブルガリア公演を観に来てくださった観劇ツアーの皆さんとの交流会です。

しかしこのステージは前の3回のステージと違い、疲れはしませんでしたが。
近くのレストランで行われたこのパーティはヨルダノフさん、奥様で女優のイバナさん、セルベゾフ前日本大使、翻訳の中本さん、評論家の大笹さん、ブルガリアのセットデザイナーと出演者、菊地、荒川そして観劇ツアー参加の皆さんと我々出演者とスタッフという、大人数の交流会となり、12時過ぎまでとても盛り上がりました。

              ヨルダノフさんと米倉、吉田の二人
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by scrooge9902 | 2005-03-31 13:00 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅴ

2月25日 初日

さあ初日だ。
早々と朝食を済ませ、8時半には役者、スタッフ一緒にバスに乗り込み、劇場に向かう。
9時に楽屋入りしてウォームアップを入念にした。

10時からクローディアス、ガートルード、ハムレットをやってくれるブルガリアの俳優たちとわれわれ日本側の俳優との芝居を合わせる稽古だったが、やってきたのは劇場の小道具係や衣装係だった。それはそうだ、せりふをしゃべらずに脚だけの動きを演じるなんて、誇り高いこの国の俳優たちの仕事ではないのだろう。

しかし足とはいえ動いてくれないと困るので、演出の菊地は彼らに説明し、通訳がそれを伝え、そして我々の動きと連動して何度か稽古をするというやり方で、10分ほどのシーンを1時まで3時間も練習した。我々はこれですっかり疲れてしまった。

が、楽屋入り口のそばの売店で買ったぼそぼそのまずいサンドィッチをほおばって一休みしたらもう舞台稽古の時間だ。

2時から予定通り舞台稽古は始まったが、二階の回廊の部分は日本でやったときとは違って、上から吊り下げる構造で作られているので歩くたびにぎしぎし音がする。しかもつり橋のように揺れるのだ。また拷問のシーンで使われる奥の3つの扉と中央の台との距離が東京公演より1メートル以上長かったので、ここを何度も出入りするプロンプ役の坂本と私はとてもしんどかった。この立派な劇場に合わせてまた少し派手目にしたカーテンコールの練習をして5時半には終了した。

またもやまずいサンドリッチを少し食べたが食欲あまりなく、楽屋の床に20分ほど寝転んで体を休めた。

        私はこの劇場のこの舞台でやるのかと昨日は感無量でした                    
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                        (続く)
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by scrooge9902 | 2005-03-29 03:06 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅳ(続き)

2月24日の続き

(今4時間かけて書き上げたばかりの文章を誤って消してしまいました。トホホ・・・。)
(気を取り直して・・・)

1時ごろになって40歳以上の役者たちが楽屋入りし、荷物を解いて化粧前の支度だけはしましたが、舞台は仕込みの最中で使用できず、また読みあわせぐらいはしたいと思っても今度は仕込みを手伝っている若手俳優4人(?)が参加できないのでそれも叶わず、結局長老組はぶらぶらと観光をしながらホテルに帰るしかありませんでした。

帰る途中オペラハウスの前に5メートルほどの高さの立派な男性の銅像が立っていましたが、水野君はその銅像が私に似ているといって大はしゃぎでした。顔の大きさといい、お腹の出具合といい、足の短さまでそっくりで、私はまさしくブルガリア人の典型的な体型だというのです。
水野君が余りにうれしそうなので、この銅像の隣りで同じポーズをして写真を撮って彼にプレゼントしようと思っていましたが、そこで撮り損ねたために帰るまでとうとうそのチャンスが訪れませんでした。残念なことをしました。

それにしても明日はブルガリア公演の初日です。19日に東京で最後の稽古をしたきり、読みあわせすらやっていないのです。おそらく今夜はみんな早めにホテルに戻ってひそかに台本をひろげることでしょう。

で、私はといえば、かつて昴の女優で今はミラノでテレフォンセンターを経営するご主人と優雅に暮らしている山口真澄美さんが夜の12時ごろホテルに着くというので、台本を読みながらロビーで待っておりました。実は私が真澄美さんに私たちのブルガリア公演のことを知らせたところ、彼女は演出の菊地や制作の荒川、それに内田さんや小沢さんや水野にも会いたいからといってわざわざミラノから公演を観に来てくれたのでした。

ところが予定より少し遅れて現れた彼女は私との挨拶もそこそこに、フロントと言い合いを始めました。彼女はインターネットでここプリンセス・ソフィアホテルの予約をしていましたが、それによるとタクシーが空港まで迎えに来ることになっていたのです。が、ホテル側はそんな予約は入っていないと突っぱねます。でも彼女も負けていません。ミラノを発つ前に、何か不穏なものを感じたのでしょう、予約を受け付けた旨書かれた部分をプリントアウトして持ってきていたのです。それを示しながら10分ほどフロントとやりあっておりました。

結局、その夜は空いてる別の部屋に泊まり、明日支配人と話をすることになりましたが、後日どうなったか彼女に聞いたら、そんなことはめったにないことだそうですが、ホテル側が非を認め15パーセントの値引きをしたそうです。彼女の話によると旧共産圏ではそんなことがしょっちゅう起こるらしい。
それにしても堂々と英語でフロントと渡り合っていた彼女はもう昔の彼女ではなく、立派なイタリアの大人の女性で、私はすっかり感心してしまいました。

彼女にミラノからのお土産をいくつか頂戴し、明日に備えて早々に休みました。
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by scrooge9902 | 2005-03-28 15:58 | ゴンザーゴ殺し

ブルガリア紀行Ⅳ

2月24日

昨日はあまり眠れなかったが、今日菊地と私はブルガリア国営テレビに生出演する予定だったので、7時に起きて支度をした。
インタビューをするのは背が高くてほっそりとした美人キャスター、通訳をするのは芝居の同時通訳もやってくれたエリザベス、9時から15分ほどのコーナーで私と菊地が質問に答えるという段取りだ。

私は何はともあれ、「ブルガリアの皆さん、おはようございます。私の名前は石波です」とこれだけはブルガリア語で言おうと思って会見に臨んだが、寝不足とスタジオの暑さに負けたか、自分の紹介はブルガリア語で言えずじまいだった。悔しい。

菊地がほとんど話していたと思うが、このときのことはボーとしていて全く記憶にない。


テレビ出演後は荒川と菊地と三人でコーヒーを飲んだが、今度は11時から劇場で作者のヨルダノフさんを交えて記者会見の予定だ。
ところが11時過ぎてもヨルダノフさんが現れない。すると荒川のところに連絡が入った。彼はガブロヴォという町で今日別の芝居の幕を開けるらしいが、その街から会見場に来る途中、スピード違反でつかまったのだと。

結局遅れて会見は始まったのだが、この作家はなんだか面白い人だなと私は思った。ひっきりなしに携帯電話で連絡をしているし、いつもせかせかしている感じだ。とても忙しいのだろうけれども。

会見が終わってから、劇場の客席とロビーを廻ってみたが、さすが国立劇場すべてが立派でした。
     2階のロビーにはかつての名優たちの写真が飾ってありました
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             作家や演出家の肖像画もありました
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        3階にはダンスホールのような広い部屋もありました
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                劇場のエントランスです
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               クロークもとても広いのです
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                劇場の中も立派でした 
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                       (続く)
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by scrooge9902 | 2005-03-27 01:25 | ゴンザーゴ殺し



俳優イシナミヨシトの近況がわかります
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