石波義人の俳優日誌

ブルガリア紀行Ⅸ

3月1日 ブルガス公演

この日もソフィアのときと同様朝9時には楽屋に入って準備をした。

例によって、10時から王と王妃とハムレットの脚の動きをやってくれるブルガリアの俳優とのきっかけ合わせの稽古だ。今回も演じたのは劇場の衣装係や小道具係らしいが、ハムレットの足をやってくれる人が見つからなかったのだ。結局舞台監督助手という立場でスタッフの仕事をしていた黒木さんがスタッフの仕事をしながらハムレットをやってくれることになった。

内容を把握している黒木さんがやってくれたお陰で、われわれ日本側の俳優は小1時間の稽古で解放されたのはうれしかった。本番のとき王役の彼が左足で拍子を取っていたり、王妃の役も男性が演じていたりで、彼らの反応を見て自分の演技を組み立てていた私は至極やりにくかったが・・・。

2時から舞台稽古。ソフィアとは逆で、今度は舞台が東京のときより狭いし、二階の回廊の部分は歩くときしむ音がうるさかったり、また走り込みがなくアマリアを抱き上げたまま階段を4,5段下りなければならなかったり、条件としては最悪に近い。

それでもヨルダノフさんの生まれ故郷なのだし、彼のために頑張ろうと思って7時からの本番に臨んだのだが、開幕早々出鼻をくじかれた。
芝居中、前から3列目の真ん中へんからフラッシュをたいて写真を撮られたのだ。

前日ヨルダノフさんからこちらでは俳優は尊敬されているという話を聞いていただけに、私はとてもがっかりしまた腹を立ててしまった。我々日本から来た俳優は単なる見世物としか思われていないのかと。ブルガリアではこんな観劇態度が許されるのかと。

こんなことがあったからか、芝居の出来はかんばしくなかったが、芝居の後の打ち上げの席で翻訳者の中本さんからこのような話を聞いた。

日本の政府開発援助でここブルガスの港を作っており、それに従事するG建設の日本人が5人この町に住んでいるらしい。その一行が我々の芝居を見に来ており前から3列目のあたりに座っていたと。

なんということだ!そうだとしたら我々の公演はほかならぬ同じ日本人によって足を引っ張られたということになる。日本では芝居など観たこともなく観劇マナーも知らなかったのだろうが、情けなく、悲しい話だ。最低限のマナー、訪問国の歴史に対する最低限の知識は必要なんじゃないだろうか?

それはともかくカーテンコールはプロデューサーの荒川、翻訳の中本さん、そしてヨルダノフさんを舞台に呼び上げた。ヨルダノフさんがこちらでチャールズを演じた俳優とベンヴォーリオを演じた俳優をよんでくれ、われわれは舞台上で握手したり抱擁したりした。

ヨルダノフは5分近くも舞台でしゃべり続けた。
自分は17年前に(つまりソ連の衛星国で共産主義体制だった頃に)この芝居を書き上演したが今はすっかり忘れていた。ところが我々昴がやったのを観てまた再びやってみたくなったと。
これはこの作品が再演に耐えうるような普遍性を持っているということだろう。


3月2日 ソフィアへのバス移動

この日は朝から雪が降っていたが、ヨルダノフはわれわれを見送るためにホテルまで来てくれた。そして日本から来た我々全員に彼の著書をプレゼントしてくれた。
タイトルは『舞台はわが家』というのだそうだ。彼の詩や、ハムレットに関して9年間も考察した内容が書かれているらしいが、キリル文字がまったくわからなくて残念だ。
             ネジャルコ・ヨルダノフ作 『舞台はわが家』
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by scrooge9902 | 2005-04-19 02:06 | ゴンザーゴ殺し
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