石波義人の俳優日誌

ブルガリア紀行Ⅲ

2月23日

朝起きてみたら驚いた。窓の左手にもう60年は経っていると思われる高層アパートが見える。共産主義時代の名残のように感じられた。
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朝食のバイキングに行くとさすが農業国、チーズ、果物、野菜、ソーセージ、卵など食べるものはふんだんにあった。もちろんヨーグルトも。

西本さんたち荷物が届かなかった人たちは皆で身の回りのものを買いに行くらしい。かわいそうに。
スタッフは劇場で打ち合わせがあるらしいが、俳優部は7時からの日本大使館主催のレセプションまで何も予定がないので、私はプロンプター役の坂本岳大と市内を観光することにした。
時差ぼけを直すという意味もあってこういう日程なのだろうが、それをいいことに私と岳大は10時半から6時まで歩きに歩いて市内の見るべきものは大方見てしまった。
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                      旧共産党本部
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                    アレクサンダル・ネフスキー寺院
ブルガリア独立のきっかけとなった露土戦争(1396年から約500年の間ブルガリアはオスマン朝トルコに支配されていた)で戦死した20万のロシア人兵士を慰霊する目的で、40年の歳月をかけ建立された。金色のドームは高さ60メートル。5000人を収容できる。
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              我々が明後日使用するイワン・ヴァゾフ国立劇場
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        劇場の上手側に『ゴンザ』の写真入ポスターが貼ってありました

このほか聖ゲオルゲ教会、聖ソフィア教会、聖ニコライ・ロシア教会、解放者記念像、ツムデパートなど精力的に観て回りました。(続く)

7時からは出演者とスタッフ全員が日本大使館に招待されました。
駐ブルガリア日本大使の福井さんは民間の会社から大使になられた大変気さくな方で、プロのピアニストでもある奥様とともに我々を歓待してくれました。お寿司やカレーや焼きそばなどの日本大使館ならではの料理の数々と、ラキアというぶどうまたはスモモなどから作るブルガリアの焼酎を始め各種のお酒で。

宴もたけなわになった頃、大使夫人がショパンとドビッシーを演奏してくれ、大使秘書のブルガリア人女性が五木の子守唄を歌ってくれました。彼女は若かりし頃ソフィア少年少女合唱団の一員として日本に行ったことがあるそうです。見事なソプラノでした。

今度はお招きを受けた側で何かやらなければならない雰囲気になり、演出の菊地に菊地作のミュージカルの曲を何か歌えと促されましたが、歌詞が完全には思い出せないのでそれはやらず、結局思い余って30数年ぶりに若山牧水の和歌を詩吟でやりました。

しかし大使は若い女優たちに何か歌って欲しかったのでしょう、何度も所望しておりましたが、彼女たちが何もやろうとしないので自らルイジアナママなど口ずみながらさらに強く懇願しました。大使のお願いと女優たちのいやいやが5,6回は繰り返されて、この宴はどう幕を引いたらいいのだろうと心配になってきた頃、制作の荒川が自分の歌を最後にお開きにしましょうと宣言して「上を向いて歩こう」を熱唱しました。

こうして大使館を後にしましたが、その後ホテルの菊地の部屋で5,6人でワインを飲んでいるとき、「石波さんは散々私のミュージカルをやっているのにどうして私の曲が歌えないの?私はとてもさびしい」と嘆かれてしまいました。
確かにそれはそうなのですが、何の準備もなしにいきなりというのはなかなか難しいのです。したたか酔っているなら歌詞が途中で出てこなくても平気かもしれませんが、中途半端な歌なら歌わないほうがいいと思ってしまいます、俳優だからこそなおのこと。

次に同じような機会が訪れたなら、そのときはきっと歌うから、許してね、准ちゃん。
2時ごろ解散、就寝。

                    大使館の料理の数々
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by scrooge9902 | 2005-03-25 11:17 | ゴンザーゴ殺し
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